《マノン》2012年2月13日公演、オペラ・バスティーユ

ある作曲家の没後・生誕の区切りが良い年というのは、
世界中どこでも、その作曲家の作品を取り上げたり、
作曲家にまつわるイベントが開催されます。
今年、2012年はフランスの作曲家、ドビュッシー(生誕150年記念)と、
ジュール・マスネ(没後100年記念)の記念年で、
パリ・オペラ座も、2012年トップの1月〜3月のプログラムで、
ドビュッシーは、言わずと知れた《ペレアスとメリザンド》を、
そしてマスネは、《マノン》を取り上げています。

ついでに、オペラ座バレエ部4月公演には、
マスネの音楽を使ったケネス・マクミラン振付の《マノンの物語》が登場するので、
こちらも見逃せません。

昨日(2月13日)のオペラ公演、
1月から行われていた公演の千秋楽でした。
昨日の布陣は以下の通り。

Evelino Pido Direction musicale
Coline Serreau Mise en scène
Jean-Marc Stehlé et Antoine Fontaine Décors
Elsa Pavanel Costumes
Patrick Marie Aubert Chef du choeur

Natalie Dessay (10, 14, 18, 22, 25, 28 janv.) Manon
Marianne Fiset (2, 5, 10, 13 févr.) Manon
Giuseppe Filianoti (10, 14, 18, 22, 25, 28 janv., 2, 5 févr.) Le Chevalier des Grieux
Jean-François Borras (10, 13 févr.) Le Chevalier des Grieux
Franck Ferrari Lescaut
Paul Gay Le Comte des Grieux
Luca Lombardo Guillot de Morfontaine
André Heyboer De Brétigny
Olivia Doray Poussette
Carol Garcia Javotte
Alisa Kolosova Rosette
Christian Tréguier L’Hôtelier
Alexandre Duhamel, Ugo Rabec Deux Gardes

Orchestre et choeur de l'Opéra National De Paris

※2月2日、5日のマノンを歌う予定だったドゥセは、体調不良によりこの2日間の公演を降板し、フィセによる公演となりました。


さて、せっかくマスネ・イヤーでの公演ですので、
マスネについてもちょっと一言。

フランスの19世紀、いわゆる「ロマン主義」のころの音楽界は、
どうも同時代のドイツ系作曲家にのしてやられている感があるのですが(笑)、
このころのフランス、特にパリといえばサロン文化華やかなりし時期、
ショパンもロッシーニもリストも、そしてヴァーグナーも、
みんなパリと深い縁を作っています。
それだけに、ベルリオーズの後、フランス系作曲家で有名なのって誰だっけ、と
音楽史の教科書を開きつつ首をかしげてしまうのは、フランスにとってもったいない感じ。

ただし、こうした現象が起こってしまうのは、
当時のフランスが圧倒的にオペラ優位の時期だったことにも原因があると思います。
しかもオペラというのは、その時代の雰囲気を多分に反映するもの、
言いかえれば、その時代の文脈で理解される作品ジャンルと考えられてきたので、
マスネを始め、オペラ作曲で活躍した多くの作曲家が、
作品の上演が減っていくごとに忘れられてしまったのも、
仕方ないのかもしれません。
しかも世紀後半といえば、ヴァーグナーとヴェルディのツートップの時代だし。

で、そのマスネですが、
作曲家としてのキャリアは非常に順調で、
ローマ賞も受賞しているし、当時の作曲家の成功条件だったオペラ、オラトリオの分野でも、
割と若い時期から評価を得ました。
教育者としても、シャルパンティエやケクランなどの弟子を育てているし。
今でこそ、特にヴァイオリン弾きにとっては、
マスネ=《タイス》の「瞑想曲」のイメージが強いですが(笑)、
当時は非常に有名な作曲家だったのですね。
ドリーブといい、オーベールといい、
この時期の舞台音楽に関わった作曲家の忘却率、なんと高いことか(笑)

ただ、マスネの場合、
《ウェルテル》や《マノン》が再評価されて、今でも上演に掛けられるのは、
やっぱり、オペラとしての完成度が比較的高いから、ということに尽きると思います。

《マノン》の原作である、アベ・プレヴォの長編小説、
『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』全7巻(長っ)が出版されたのが、1731年。
オペラ初演は1884年ですので、1世紀以上ののちにオペラ化されたことになります。
オペラとしての作品を見ていると、ファム・ファタールに翻弄される貴族のボンボン、という構図はなんとも19世紀的というか、
だからこそ、アレクサンドル・デュマ・フィスの小説『椿姫』(1848年)で『マノン』が引き合いに出されても、
全く違和感が無いのですが、
原作が、フランス革命よりも前の時期に書かれているにもかかわらず19世紀の香りを漂わせているというのは、
どんな時代にも「こういう人間っているんだな」という点を見せてくれている気がします。

なので、やはり《マノン》で面白いのは、主人公のマノンの享楽的な性格の描写かと。
「絶世の美少女という自分の利点を戦略的に生かし、言い寄る男どもを次々にたらしこんで贅沢三昧するのが生きがい(したがって、デ・グリューとの愛が唯一の真実)」という方向で見せるのか、
それとも、「本人としては自分に素直に行動しているつもりなんだけれど、楽しいことや美しいこと、お金が大好きで、しかも美少女なもんだから、何故かいつも男性の所有欲に巻き込まれる」という方向で見せるのか。
物語的に美しいのは多分前者ですが、オペラ版の《マノン》を見るたびにいつも思うのは、
この話は、そんなに恋愛プロパーの話じゃないんじゃないか、ということ。

というのも、確かにマノンはデ・グリューのことを好きなんでしょうけれど、
同じような話の流れの『椿姫』のマルグリットが、生活のために自分の美貌と才能を、生きるための道具として生かして生きていて、
だからこそ、「彼女自身」を愛するアルマンの真摯さに心打たれるように、人間的により魅力のある女性なのに対し、
どうもマノンは、お金とか、綺麗なものとか、贅沢とか、そういうものに終始流されっぱなしで、
アベ・プレヴォ(とマスネ)が、割と彼女を、人間の情とかに疎い人として描いている気がするのですね。
そもそも彼女が修道院に送られる、というのも、その享楽的な性格が原因だし、
出だしのアリアから「まだ頭がボーっとしていて」とか歌っているわけで(笑)、
そういう意味で、彼女は全然、いわゆる「ヒロイン」タイプの登場人物ではないと思われます。

あとは、第2幕でマノンが「若さと美しさ」を称賛していて、
彼女がかなり、若さや未成熟さを売りにしているキャラクターであることも感じます。
人間はいずれ老いて死にゆく存在なので、若さって必然的に移ろうもの、
だからこそ、変化することの美しさを大切にしたいものですが、
彼女の場合、16歳という若さが最強の美点だと思っているからこそ、
それをキラキラに飾る宝石やお金、周囲からの称賛が欲しくなるのかなと。
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キラキラとは程遠い最終幕のセット。

さて、長くなりましたが(いつものことか)、公演について。
すでにプレミエ前からかなり話題となっていましたが、今回の《マノン》で、
特に注目されていたのが、エルザ・パヴァネルによるパンク・ファッションのお衣装。
作品内では、レスコー一味、ひいては彼らの享楽的な側面を示す要素となっていて、
一応軍人であるレスコーは、四方八方に髪の毛がつんつん伸びた髪型に、鋲打ちの皮ジャン着用、
腰にはシルバーチェーン、という典型的なスタイル。
第4幕のトランシルヴァニア・ホテルのシーンでは、
殆どの登場人物が、パンク・ファッションのお衣装でした。
また、サン・シュルピス修道院のシーンでは、
蛍光カラーのドレスにローラースケートを履いた貴婦人たちが修道院の中を爆走。
ううむ、もはや何がなんだか分かりませんが、
とりあえず、なんかハデ、かつ社会に対する反動、というのを表したかったんだろうか。

しかしそこに、ルイ14世の肖像画っぽい貴族のお衣装とか、
20世紀初頭の紳士服とか、
かと思えば、最終幕ではぼろぼろに薄汚れたワンピースとか、
色んな時代の色んな服装がごたまぜになっていて、
ちょっと情報過剰だよな、と思ってしまいました。
単にこういうファッションを舞台に乗せたかったのかなー、というか。

マノンのお衣装、ヘアスタイルが、幕ごとにどんどん変わっていくのは良いと思うし、
それに対してデ・グリューのお衣装は、あまりコンセプトが変わらないのも、
人物の設定を表していて理解できるのだけれど、
果たして、パンク・ファッションを使う必要があったのかどうか。
あるいは、時代的に多様なお洋服のスタイルをごたまぜにすることで、
何の視覚的効果が得られたのか、ちょっと疑問です。

さらにいうと、レスコーとか見た目に明らかなパンク・ファッションなのに、
所作が、そういう服装の人から連想されるようなものではなく完全に普通だし(笑)、
マノンも、第4幕で真っ赤なショートヘアのパンク風お衣装になるけど、
なんか、大して第1幕での所作と変わらないし、
あれはどうなんだろう。

かと思えば、デコールは第3幕を除いて、割とリアルな感じに作ってあって、
舞台上に乗る視覚的な要素の方向性がばらばら。
そこに加えて、マスネの弦楽器主体の音楽づくりはオケが良く鳴るので、
歌い手さんは頑張っているのに、音楽と舞台とが、かなりミスマッチだったと言わざるをえませんでした。
個性の強いお衣装は、取り扱い要注意、という好例ですね。


歌い手さんについて。
フランスの国民的オペラ歌手(かな)のドゥセが配役に入っていたので、
多分、ドゥセに注目していた人の方が多かったと思うのですが、
昨日のマノンを歌ったカナダ出身のソプラノ、マリアンヌ・フィセの声の美しいこと。
芯がしっかりした、伸びのある明るい声で、とても聴いていて良かったです。
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マリアンヌ(マノン)。汚れ衣装とメイクでも素敵です(笑)

それから、デ・グリュー侯爵を歌ったバリトンのポール・ゲイ。
個人的好みとして、男声の低声部に惹かれる傾向があるのですが(笑)、
修道院のシーンとか、落ち着いた深みのある声が、父親のキャラクターを反映していると思いました。
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ポール(デ・グリュー侯爵)。奥はギヨー役のリュカ・ロンバルド。

さらに、プセット、ジャヴォット、ロゼットの情婦3人組を歌った、
オリヴィア・ドレ、キャロル・ガルシア、アリサ・コロソヴァ。
第1幕第5場の歌唱が素晴らしかったー!
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最後に、このオペラは音楽が付かない「語り」の部分がかなり多いのですが、
イタリア語やドイツ語のオペラと違って、
やっぱり、フランス語のオペラは言葉の特性上、難しいことが多いのかなあと思います。
音楽をガンガンつけていってしまうと、どうしても子音の音が聞こえづらく、
オケと一緒にわーっと盛り上がる歌唱をしづらいんですよね。
この点については、19世紀のフランス・オペラと20世紀のフランス・オペラを比較して、
そのうち検討してみる必要があるかなと思った次第です。

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やはりレスコーの頭はウニのようである。







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